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「誰がために」/その2

...2005/10/21 03:00...

友人が映画を観るという。久しく会わずにいたので良い機会と思い、ご一緒した。そんな経緯で、三回目の『誰がために』である。この時点でこんな回数観てるなんて関係者以外では私くらいなものではないだろうか。
三回も観るとかなり知ったような気になってくるなぁ。今回は、浅野忠信について書いておきたい。
タダノブはただ者では無い。忠信の声は自然だ。彼の台詞は台本に書いてあったのか、それともアドリブで、素のまま相手の言葉に応えているのか、分からない時がある。その自然さゆえに、観ている私は映画の中を現実と錯覚する。この力はさらに次の効果ももたらす。
彼が言葉を発した時、場の緊張感が彼のセリフの感情の高さに揃う。おそらくそれは彼の表現しようとしている感情そのものである。誰との会話であっても、相手に左右されない。場を支配するのは忠信(民郎:タミオ)の気持ちである。それは、この映画の場合、監督の表現したい感情そのものであっただろう。監督の気持ちを自分の言葉としてはなせる男。それが、浅野忠信ではないだろうか。

ココで断言しとこう。『誰がために』は映画館で見るべきだ。なぜなら忠信の息遣いが重要だと思うのだ。そしてそれは映画館の中でこそ良く聞こえるはずだから。
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一応、自分で突っ込んどくけど、アドリブってこたぁないよな・・・。
【2005/10/23 12:31】
URL | エーキチ #-[ 編集]


主人公と恋人の、出会いから悲劇が起こるまでの暖かく叙情的なドラマと非常に対照的に、その後の物語が淡々と進んでいくさまがリアルだった。やはりこういったものを見た場合、絶対考えてしまうのが「自分だったらどうなっただろう、どうしただろう」ということ。だから観た人の考えるifの結果によって、この映画に対する共感の度合いもずいぶん違ったものになるのだろう。

主人公が時間の経過とともに普段の生活を取り戻したかのように見えて、いつまでたってもモヤモヤを処理しきれていない描写は、もっと時間経過を伝える表現、演出をさりげなく加えることによってより効果的になったのではないかと思う。なんだかあっさり一年経っちゃったような感じを受けたので。

矢野さんの音楽は大正解。さすが!!
頼みに行って、引き受けてもらった監督に拍手。

ラストショットの切なさは後からボディブローのように効いてくる。
結末の絵を忘れない映画ってのは自分の中では名画に属する。
従って「誰がために」はいい映画なのだ。これ、結論。
【2005/10/25 21:41】
URL | じにー #-[ 編集]


コメントありがとうございます!
(あああっ!結論出されてしまった!)

そうそう、矢野さんの音楽もね~~。軽やかなんだけど、流されない、みたいな・・・?う~ん。うまく言えないが・・・。
【2005/10/26 23:36】
URL | エーキチ #-[ 編集]


君はその限られた命(時間)の中であらゆる自由が許されている。出発したくなったら出ればいいし、したくなければいつまでもそこにいていい。乗り物に乗ってもいいし、歩き通してもいい。何ならその時間を自らの手で打ちきって終わりにしてしまっても構わない。
ただその時間が終わりに近づいたとき、君は考えるだろう。今回の“生”が君になんの意味をもたらしたのか。それは次の“生”に大きな影響をもたらすものかもしれないし、ただの徒労かもしれない。

・・・疲れたら後ろを振り返ってみるといい。君が誇れるのは後の道だ。眼前にある目標ではない。

幸運は大切にすること。それは君の“気づき”の力が発見したものだからだ。

こだわってはいけない。それも全てはじめから決まっていたのだ。

君が終わりを決める。五線紙に終止符を書き入れるように、油絵の筆をコトリとそこに置くように。君がものごとに終わりをつけようとするとき、果たされた責任についてよく考える必要がある。

さあ、これで君の時間は終わる。しかし考えてごらん、これまでの時間とこの後の時間、どれほどの違いがあるんだい?人は一見意味のないもののほうに強く魅かれ熱中するものさ。それが価値を生み、意味をもたらしたりするもんだ。

だから君が意味のある時間と思っているそいつだって、所詮そんなものさ。

これからしばらくはコンクリートで出来た広くて堅いテントに連泊して、そこで生活すると考えたらどうだい?

そして

出発したくなったら出ればいいし、したくなければいつまでもそこにいていい・・・。


日向寺さんの初監督作品「誰がために」。
スクリーンで映画を見るなんて十何年ぶりだった。

いわゆる娯楽作品ではないので「面白かった」という感想ではないんだけれど
話の前半は人が人との関わりによって変わっていく過程で
後半は人は人の思い(いわばその人の人生)を変えることは出来ない
という話に見えた。

こういう話については
いままでも考えさせられる事はあったのだが
どちらかというとあまり取りあわないようにしてきた課題なんだ。

最近・・・というか、2年くらいかな、あるきっかけがあって
またそのことについて時に深く、時に浅薄に考えている。
やっぱり何とかしなくちゃいけないことなのかな。

そんな時期に見たこの映画は
また「その課題について考えよ」と
言われているような気がした。

もちろん、日向寺さんが映画を通して伝えたかった“こと”が
それなのかどうかはよくわからない。

ただ、モノ(文章や現象も含む)の認識は自分の心の鏡だから
目に見え、五感に感じるあらゆるものは自分の思いそのもので
むしろ一見何でもないものだったり、抽象的に見えるものの方がピュアに
自分の心を認識できる“ことがある”とは思ってるんだけどね。

で、日向寺さんの作品が何かの答えを暗示していたか?
って言うと、実はぜんぜんそうではなかった。
僕が迷っている正にその位置でトン!と終わってしまったのだった。
一種の奇跡だったな。なるほどそう来たか。。。と(笑)。

あと、ものすごく印象に残ったのが小倉一郎氏の演技。
出番は多くないし、ストーリーと大きく関わるという感じもないのだけれど、
彼が出てくると時間の流れが変わる。空気が変わる。
シチュエーションとしての日常がリアルな日常として感じられる瞬間。
フツーの人っていう役割で、実際のフツーの人っていうのは
あんなじゃないとは思うんですけどね、スクリーンで見るとその方がずっと自然。リアル。
これが「演技」というものなのか!と深く感銘を受けました。
プロの凄みを見た思いです。
【2005/11/21 00:25】
URL | はせどん #EBUSheBA[ 編集]


はせどんさん、書き込み、ありがとう!
私の見た角度と違っていて、この映画を再発見できた気持ちです。
「映画は人が観ることで完成する」と言うことかしらん…。
【2005/11/21 23:53】
URL | エーキチ #-[ 編集]


えーきっつぁん!どうも(^_^)
「映画は人が観ることで完成する」
いい言葉だなあ!
別に具体的な、思い(考え)そのものが伝わらなくても
その波動が伝わることは大切だよね。
波動を受ければ、やっぱり何か考えるもん。
波動がなければなにも感じない。。。
この映画には確かに「何か」を感じました。

あ、そうそう細かい話だけど
カメラやナイフの選択はストーリーにピッタリで
さすが!と思ったことも付け加えます(笑)。
【2005/11/22 00:59】
URL | はせどん #EBUSheBA[ 編集]




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